塾長のご紹介


塾長 金坂嘉一 Yoshikazu Kanesaka

小中学生のころの勉強はまあまあでしたが、高校に入ってびっくり。同級生の中には中学時代に高校の数学や英語まで勉強していた者もいて、成績もクラスの下位となってしまいました。
高2あたりからようやく勉強のコツをつかんだのか真ん中くらいに高3で大学受験の勉強をはじめてさらにショック。
「もっと早い時期からやっておくべきだった…」と後悔も。深夜2時くらいまでの勉強。学校が休みの時期は、ほんとうに朝起きてから寝るまで、ご飯とトイレ、お風呂の時間以外、必死に勉強していました。
あとから考えると効率の悪い勉強法だったと思います。
しかし、それが、今、生徒を指導するときに生きています。

大学、大学院で化学を学んだものの、博士号をとって、大学の先生になるのは、かなり実力と運が必要だと痛感。地元に帰ることに決めて、ある塾に1年間勤めました。高校の教員になるつもりだったのです。
ところが、塾の生徒を見ていると、ぐんぐん勉強ができるようになって、成績、順位が上がっていく。学校にはない魅力を塾に感じて、昭和63年に塾を一生の仕事にしていこうと決めました。

十年ほど前、長男が高三のときに、通っていた青葉予備校の大西塾長が心筋梗塞で急死してしまいました。予備校を存続させると廃止にするか、いろいろ検討した結果、自分で面倒をみることにしました。
小、中学生と高校生は教えるポイントがちがいます。
「もし、一年目で満足な結果がでなかったら、閉めよう」
と、決死の覚悟で引き受けました。幸い、千葉大、東京学芸大をはじめとする国公立大、早稲田大などの有名私大に合格者を多数出すことができ、自分の大学受験への方法論が間違っていないことを確信しました。

いちおう学歴は、県立長生高校理数科から北海道大学大学院理学研究科修士課程修了となります。高校教員の免許もあり、3年ほどまえに頼まれたある公立高校で教えたときに更新期を迎え、免許の更新もしてあります。
家庭では、妻と子ども男子三人、そして愛犬です。