“知=学問”とは何か?

Pocket

こんばんは。茂原市の進学塾好学舎&青葉予備校です。

毎日、暑いですね。トカラ列島の地震も気になります。

小学生はもちろん、中坊にも言ったことはないのですが、ある程度もののわかった高校生には言います。

これまで人類が築いてきた「知=学問」は膨大なのだよ。しかし、これを一挙に後世の世を担う若者にすべて、一挙に伝えようとしたら、あまりの膨大さに、明らかに無理だとわかる。

ので、数学だの、国語だの、化学だの、日本史だの、と切り分けて伝えようとしているだと。

もともとひとつの「知=学問」なので、教えるときにはそのアスペクトには強弱はない。

基本的に、高校の普通科のカリキュラムをしっかりこなすと、その全体像の基盤が身に着く。

もちろん、それぞれの最先端までたどり着くのことは簡単ではない。

理学でいえば。最先端までの距離は、生物<化学<物理<数学、だろうと。

だから、ふつうの人は、数学の最先端に行くには、30歳以降になってしまう。

よく、高校生が「その教科は関係ないから、捨てる」という。

このタイプは私立文系が圧倒的だ。

その行為は、自ら「知=学問」からの脱落を意味している。

僕は、そういう考え、つまり「教養主義」である。

~に受かればいい。という考えも、資格試験などでは是認するし、実際、ぼくもそうする。

でも、勉強するその基本姿勢としては、そういう技術主義・合格すればいい主義にはくみしない。

高校までに与えらえる(大学の教養部は35年ほど前に解体された)体系的な学問の基礎を、」しっかり身に着けて、将来に向かってもらいたいと、思っている。

あと、何年、教壇に立てるかわからないが、そういう気持ちで、いつも弟子を育てている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA